2018年2月25日・・・神の奥義であるキリストの福音
その奥義とは、福音により、キリスト・イエスにあって、異邦人もまた共同の相続者となり、ともに一つのからだに連なり、ともに約束にあずかる者となるということです。エペソ3:6(1-6)
「奥義」とは、一部の人が道を極めて初めて到達できる深遠な教えを指すことばです。しかしパウロは、長年隠された神の救いの御計画が、今やキリストによってすべての人に明らかに示された、と教えています。
《パウロはキリストの囚人として証しします(1-2)》
彼は、世界の真の支配者がキリストである事を確信していました。ローマ帝国やユダヤ人たちは、キリストを拒みパウロを投獄しました。しかしこれも主の許された事で、主が益として下さると彼は信じていました。パウロは、自分が主から恵みの福音を証しする務めをいただいたと証しします(:2)。どんな状況にあっても自分はキリストに守られており、キリストを証しする使命を果たすためならば、生きても死んでも、自由でも囚人でも益であるので、平安で喜んでいると彼は証ししました。主イエス・キリストを信じた者は、パウロと同じくキリストのものとされる幸いの中にあります。
《隠されていた奥義は、今キリストによって明らかにされています(3-5)》
パウロは「この奥義は、啓示によって(主から直接)知らされた」、この手紙でも「先に簡単に書いた」「それを読めば、自分の理解していることが良くわかるはず」と告げます(3-4)。それは、人がどんなに追求しても、人の知恵では思い浮かべる事のできない知恵でした(1コリ2:9)。神は長年それを隠しておられました。しかし今、キリストによって約束の救いが成就した時に、すべての人に明らかに示されました。今すべての人に公に知らされています。証拠は数え切れない程ありますが、伝えられても人の力では理解できません。ただ、主に求めて示して信じさせて下さいと願う時に、主が理解させ信じさせて下さいます。ですから主に求めましょう、そうすれば与えられます(マタ7:7)。
《その奥義とは、キリストにあって異邦人もユダヤ人も一つにされ、共に神の約束にあずかる事です(6)》
パウロは、冒頭の聖句ではっきり示しています。その奥義とは、福音により、キリストにあって、ユダヤ人も異邦人も共に神の国の相続人となる、という約束です。神は、創造の前から、私たちをキリストによって祝福しご自身の子どもにしようと愛をもって定めておられました(1:1-5)。神はキリストの十字架と復活によって、罪からの救いを神との平和を成し遂げ、この方を万物の支配者とされ、教会に与えられました(1:20-23)。異邦人もユダヤ人も、信仰を通し神の恵みによって救われて教会に結びつけられ、一つの神の国民・家族・神殿とされます(2:18-22)。この約束は、神がアブラハムに与えられた約束の成就です(創12:1-3,22:17-18)。イスラエルの民が神の祝福を受けることは、彼らが覚え待ち望んでいた約束でした。しかしもう一つの約束、アブラハムの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受ける約束は、忘れ去られていました。しかし今、この約束は、約束の子孫イエス・キリストの犠牲によって成就したのです。この知らせを驚きをもって本気で受け留めてほしいのです。