2018年3月25日・・・愛のうちに建てられる教会
キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。エペソ4:16(7-16)
前の箇所は「救いの召しにふさわしく」、主と一致し、各自が主にあって一致して歩むよう命じていました。どのようにして一致できるのか確かめましょう。
《各自はキリストから最善の賜物を頂いています(7-10)》
賜物とは、私たちが役立つために、主が各自にふさわしく備えられた能力・関わり・機会のことです。それは各自で異なっており、それぞれが最善です。一人として不必要な者はなく、役に立たない者はいません。人がどう評価しようと、神はあなたを尊いと言われます。「わたしの目にあなたは高価で貴い」(イザ43:4)とある通りです。そして各自の賜物は、各自が教会に築かれて成長し完成していくためのものです。教会に築かれるという「本来の目的」に従ってこそ最高の力を発揮するのです。聖書の言う罪は「的外れ」を指しており、本来の目標を見失なって迷っている状態です。私たちを造り賜物を与えられた方のもとに帰るなら、人は本来の目的を見出し、自分が役立つ者である事を確信して歩むのです(2:10、ピレ1:11)。
《各自を整えて教会を建てあげる為に伝道者が与えられました(11-13)》
キリスト御自身が、使徒・預言者・伝道者・牧師・教師を教会に立てられました。その働きは、「聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げる」ことです(12)。賜物は最初は未熟で荒削です。その能力が開発され調和してゆけるように鍛練・成熟する必要があります。最終目標は、信仰と知識の一致、成長を成し遂げ、「キリストの満ち満ちた身たけにまで達する」ことです。聖書にあるキリストの預言は、パズルのピースとして散りばめられており、それを組み合わせて、キリストの全体像となりました。同様に、各自が教会に導かれ、築かれて一致してそれぞれの賜物を生かし調和させていく事で、キリストのすばらしさの全体を証ししてゆくのです。伝道者は、自分の務めの目標をしっかり覚えて、しもべとして仕えます。兄姉は、伝道者の奉仕が、主また自分たちのためである事を覚えて、祈り協力し指導に従ってほしいのです。
《賜物は、キリストの身丈にまで達するために与えられています(14-16)。》
教会がこのように成長してゆく結果、教会は、世のまどわしや攻撃にもびくともしない「救いのとりでとしてしっかり立つ」ことができます。幼子は純真ですばらしいのですが、惑わされやすく、守ってもらわないと餌食にされます(1ペテ5:8)。信仰を確立してこそ私たちは、救いをもとめる人々やこれから成長する人たちを守り、育む事ができます。また「愛をもって真理を語り」ます。福音の種は「愛によって蒔かれてこそ」人々の心に根差すことができます。そして「愛のうちに築かれ」ます。主は、各自の信仰と実践が成長するだけでなく、互いの愛と協力において成長するように求めておられます。私たちが一致し愛し合う時こそ、世の人は聖徒が神から愛されていることを知る、と主は教えられました。人は教会に築かれてこそ存在意義を確信し、最も役立ち、神の子供として最も良く成長するのです。