2018年7月22日・・・聞いたことに心を留めよ
こういうわけで、私たちは聞いたことを、ますますしっかりと心に留め、押し流されないようにしなければなりません。ヘブル2:1(1-4)ヘブル人への手紙の目標は、キリストの救いのすばらしさを確信して信仰を呼び覚ます事です。2章の冒頭で、私たちが、キリストにどう係わるべきかと語ります。
《キリストの教えを心に堅く刻み、動かされないようにする(:1)》
記者が「私たち(クリスチャンたち)が聞いたこと」は、キリストの救いの福音に他なりません。キリストは初めから父と共にある御子です。私たち人間は、神の永遠の計画によって神の祝福を得るように、神のかたちとして、神の栄光をあらわすものとして創造されました(イザヤ43:7)。人類が抱える根本の問題は罪です。人は自ら神に逆らう事で、愛と信頼によって神と一致する本来の在り方を失ないました。その結果、神また人同志の幸いな関係を損い、死と死後の審きが必至となりました。しかし御子は私たちの罪を赦すために、十字架で身代りに死なれました。御自身の約束された赦しと永遠のいのちの保証として、三日・・・目に復活されました。キリストの救いは、ただ御子を信じる信仰「キリストが私の罪のために十字架で死なれ、聖書の約束の通りに三日・・・目によみがられた私の主・神である」と信じ委ねる事を通して、無代価で与えられます(ローマ10:9)。キリストこそ人生の揺るぎない土台です(ローマ8:30-31)。キリストこそ真理です(ヨハネ14:6,コロサイ3:3,ヨハネ1:1)。そして救いを確かし、実を結ぶためにキリスト(教会)に留まるのです。
《旧約の戒めに優るキリストの救いを拒む者は、処罰を免れません(2:2-3a)》
モーセの律法は御使いを通して語られました。律法は、キリストの救いの準備のためのものでした。律法をないがしろにしたイスラエルは、多くの懲らしめを受け、ついに国を滅ぼされ異教の国の捕虜とされました。準備のための教えをないがしろにした結果が厳しい処罰であったなら、本番の救いの道を拒んだらどうなるでしょうか。全ての人が神から離れ、神のさばきの元にあります。罪の報いは、神の一切の祝福を受けられなくなる事です。その終わりは滅びです。最終の救いであるキリストを拒んだら、他に救いの道はありません(使徒4:12)。《キリストの救いが確かな事は、多くの証拠によって確かめられています(3b-4)》
キリストは御自身の権威をもってみことばを語られました(マタ7:29)。主から聞いた弟子たちが、それを確かなものとして語りました(1コリント15:1-5)。神御自身が、キリストや弟子たちと共に力ある奇蹟を行なわれました(ヨハネ5:36,使徒3:16)。弟子たちは、聖霊に導かれて確かなみことばを記しました(2ペテロ1:21)。信じる者に聖霊が与えられ、各自に聖霊の賜物を与えられています。クリスチャンは今も、御霊の実、愛の実を結ぶ事によって、救いを証明しています(ガラテヤ5:22-23,1コリント13:4-7)。さらにキリストに関する預言はすべて成就しています。聖書は何度も滅ぼそうとされましたが今なお広がれ読まれています。聖書は神のことばだと信じられ続けており、キリストを信じる者は広がっています。