2018年8月12日・・・主への信頼を育む
聖書はこう言っています。「この方に信頼する者は、だれも失望させられることがない。」ローマ10:11
聖書は、主イエス・キリストに信頼する者は、失望させられない、と確約しています。私も、信仰の破船に遭いそうな試練の時に、このみことばに支えられました。同時に、信じて努力したのに、みこころを確信した祈りが実現せず、がっかりした事が多いのも現実です。このみことばが、その通りですと確信して歩めるために、どうしたら良いでしょうか。
《主に信仰を増して下さいと願い求める》
「使徒たちは主に言った。『私たちの信仰を増し加えてください。』」(ルカ17:5)。失望させられないための条件はただ一つ、主に信頼する事です。主に信頼しない事は、主を最も悲しませる罪です。あなたは信頼したいのですか、信頼したくないのですか。主よりも自分や他のものを信頼することこそ罪です。私たちのために十字架に掛かって下さった主に告白して聖めていただきましょう。
《聖書と教会生活に留まる》
「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまっているなら、何でも欲しいものを求めなさい。そうすれば、それはかなえられます」(ヨハネ15:7)。約束のものを得るのに必要なのは忍耐です(ヘブル10:36)。忍耐とは希望を失わずに続ける事です。主は教会を信仰を養い育てるために立てられました。主のからだ・教会に留まれば、主が成長させ実を結ばせて下さいます。
《主の栄光をまず第一に求める》
私たちは主によって、主の栄光をあらわすために創造されました(イザ43:7)。これは、信仰以前の現実です。聖書は、何をするにも神の栄光をあらわすためにしなさいと命じています(1コリント10:31)。主の願いより自分の願い、主の喜びより自分の喜びを優先し、そして、自分の願いを聞き自分を喜ばせてくださるならば主を信じる、という態度は、主を試み自分の栄光を求めるものです。自分が神の栄光のために造られた事を認めて歩みましょう。その時、自分が失望していたのは、主の愛と恵みを拒んでいたからだと知り、主を信頼する事の幸いを経験します。「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます」(マタイ6:33)。
《見える現実を通して主を見るのでなく、主を通して現実を見る》
「私たちは見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くからです」(2コリント4:18)。今信仰によって頂いている祝福は、主が用意された祝福のほんのさわりです。主は「天にあるすべての霊的祝福」を与えようと決めておられます(エペソ1:3)。後の祝福に気付く時、地上で経験する種々の苦しみは、後に与えられる栄光に比べれば取るに足りない事を知って、苦難の中でも希望にあふれて歩めるようにされます(ローマ8:18)。神を愛する者のために、主はすべてを益として下さいます(同8:28)。