2018年8月26日・・・不信仰に負けるな
「今日・・・」と言われている間、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされて頑なにならないようにしなさい。ヘブル3:13(7-19)
この箇所は「不信仰によって神のことばを拒む事なく、信仰に立ち続けるよう」私たちを戒め、励ましています。この語りかけを、心に刻みましょう。
《主のことばを聞く時、すなおな心で聞き従わなければなりません(7-11)》
記者は、詩篇95:7-11を引用し、不従順に対する神の怒りを告げます。イスラエルは神の山で主と契約を結び、約束の地を目前にして、12名の代表を偵察に派遣しました。彼らは皆、その地のすばらしさを告げましたが、10名は敵が強いので攻め取れないと言いました。不信仰による悲観の報告が、民全員に失望をもたらし、主の命令を拒ませる結果になりました。主は、荒野で御自身に逆った民に対して、「決して、わたしの安息に入れない」と宣言されました。男子だけで数十万の民のうち、約束の地に入れたのは、カレブとヨシュアの二人だけでした。この出来事は、後の私たちを教えるために記されました(ローマ15:4)。不信仰は滅びの道。信仰がなくては神に喜ばれず、神の国を見ることも入る事もできません(11:6)。
《救いに与っていることは、確信を終りまで保つ事によって証明されます(12-15)》
記者は、この事件を覚えて、生ける神から離れる者がないように戒めます。「あなたがたのうちに」・・・信徒の群れに加わっている者が、みな主にしっかり結びついているわけではありません。信仰に立って主に信じ従う決断を表明する必要があります。あいまいですと「不信仰な悪い心」に引かれて、主から離れてしまう危険があります(類比:種蒔きの譬え)。今日・・・と言われている間に(2コリント6:2)、キリストの救いに与る者となりましょう。「確信に留まる」とは、主の約束のみことばに留まることです。救いを頂いている事は「救いの確信をしっかり保つ」ことによって証明されます。約束が守られるかは、約束して下さった主の力と真実により万全です。主にお任せした、という事実があれば、何も恐れる必要はありません。主のみことばと聖霊が確信させて下さり、信仰によって主に委ねる時に、主が守って下さいます。それが確信の土台です。確かな救いは、やがて、揺がない告白と、徐々に救いの実を結んでいく事によって、だれの目にも明らかにされます。
《信じる者だけが救いに与り、不信仰の者は与れません(16-19》
主が、彼らを安息(救い)に入らせないと誓ったのは、全員が聞いていながら反抗して従わなかったため、ひとえに「彼らの不信仰のため」でした。同様に私たちが、キリストの救いを受け損うのは、ただ、福音を拒む不信仰の故です。信じない者にならないで、信じる者になりましょう(ヨハネ20:27)。「信じさせて下さい」と願うなら、主はどんなに手間のかかる事をしてでも、信じさせて下さいます(ローマ10:13)。そして、一度(本当に)信じた者は、決して捨てられません(ヨハネ6:37,39)。御子キリストを信じる者は救われる、しかし信じない者は罪に定められると、聖書ははっきり告げています(ヨハエ3:18,36,マルコ16:16)。主は、すべての人がキリストを信じて救われるように願っておられます(1テモテ2:4)。