2018年9月16日・・・永遠の救いの源キリスト
キリストは御子であられるのに、お受けになった様々な苦しみによって従順を学び、完全な者とされ、ご自分に従うすべての人にとって永遠の救いの源となり、メルキゼデクの例に倣い、神によって大祭司と呼ばれました。ヘブル5:8-10(1-10)キリストが罪からの救い主と呼ばれている事はよく知られています。この方を「呼び求める者は誰でも救われる」と聖書は保証しています。救いの後、私たちが見通しを持って日・・・々歩むために、キリストがどのように働かれるかを知る事が大切です。
《キリストは「預言者、王、祭司」として働かれます》
イスラエルの民は、主が任命した預言者、祭司、王が民を守り導く働きを担っていました。預言者は神のことばを示し今と将来のビジョンを与えます。王は敵と戦って民を守り、民が一致して歩めるよう導きます。祭司は、神と人との仲立ちとして私たちを神に結びつけます。そして救い主キリストは、永遠の預言者・祭司・王として来られると預言されていました。ヘブル書は冒頭で、御子キリストが、聖書を完成し神のご計画を完成する、最終の預言者である事を告げています。そして4章の後半から、この方が完全な大祭司である事を詳細に教えています。《大祭司は、主が民の中から選び任命し、人々のために神に仕えました(1-4)》
この箇所は、イスラエルにおける大祭司の務めや資格を確認しています。大祭司は民の中から選ばれ任命されます。主は、モーセの兄アロンとその子孫を祭司として任命されました(出28:1,29:9,40:15)。主に召されなければ、主に受け入れられる奉仕を担う事はできません。大祭司の務めは、赦しのための犠牲をささげ、同情し、とりなす事です。民の一員から選ばれ、同じ弱さを持っているからこそ、弱く迷っている人を理解し、とりなす事ができるからです。しかし大祭司は、民と同じ罪や弱さをかかえているため、自分の罪のためにも犠牲をささげなければならず、死す者、不完全な者でした。
《キリストは、父なる神から大祭司として召され、仕えておられます(5-10)》
キリストも神からこの務めに召されました。父なる神が「わたしが今日・・・、あなたを生んだ」と語りかけたのは、キリストが神の子の立場で救い主の働きに任じられた事の宣言でした。また神は、キリストに対して「あなたは、メルキゼデクの例に倣い、とこしえに祭司である」(6、詩110:4)と宣言しました。メルキゼデク(=義の王)は、アブラハムの時代に主の祭司として仕え、アブラハムも彼の祝福を受け、彼に十分の一をささげました。このメルキゼデクと同じく、キリストは父祖アブラハムよりも偉大な祭司となられました。それはキリストが、「とこしえの救いを与える」源となる(9)ためでした。キリストは、人となって私たち人間と共に歩まれました。死の苦しみまで負う苦難の中でなお神を信頼し、聞き入れられました。こうして、同情し、とりなす大祭司として「完全な者」となられたのです。そして今も父の御座の右で、私たちの罪を十字架の故に赦し、私たちのためにとりなしておられます。これが今も私たちを救い導く、大祭司の働きです(イザヤ53:12)。