2018年10月28日・・・祭司である王に連なるキリスト
この方について、こう証しされています。「あなたは、メルキゼデクの例に倣い、とこしえに祭司である。」ヘブル7:17(1-19)
イスラエルの祖先アブラハムは、レビ族の祭司が誕生する遥か前に、メルキゼデクによって祝福を受けました。この祭司であり王であったメルキゼデクこそ、神が立てられたキリストの「ルーツ」であったと聖書はあかししています。
《祭司王メルキゼデクはレビ系祭司に優っていました(1-10)》
メルキゼデク(「義の王」)は創世記14:17-20にだけ登場します。王たちに襲われ連れ去られた甥ロトとソドムの住民を、アブラハムは救出し、奪われた財産も取り戻しました。その時に、サレム(後のエルサレム)の王で主の祭司であったメルキゼデクは、いと高き神の名によってアブラハムを祝福し、アブラハムは彼に、すべてのものの1/10を献上しました。祝福は上位の者が与え、献上品は下位の者がさし出します。メルキゼデクはアブラハムに優り、アブラハムは彼の子孫から出たレビ族の祭司たちに優っています。この祝福は一回だけで十分な祝福でした。また、そしてアブラハムもレビの子孫の祭司も「死ぬべき人たち」でしたが、メルキゼデクは永遠に生きていると証しされています。
《キリストはレビ系祭司とは別の完全な祭司として立てられました(11-16)》
エジプトを脱出したイスラエルの民は、モーセを通してアロンと彼の子孫を祭司として立てました。この祭司職を前提として与えられた律法は不完全でした。何度いけにえをささげても、一時的にしか罪を聖められませんでした。献げて赦される事に罪の支配下にある事を自覚させられたのです。しかしキリストはレビの子孫の祭司でなく、聖書の約束の通り、ユダ族ダビデの子孫として誕生しました。キリストは、律法によらず、朽ちることのない神のいのちの力によって立てられました。御子キリストは、自身のいのちを一度だけささげました。全人類の罪を拭い去るために自身の無限のいのちを一度ささげるだけで十分でした。聖書の約束の通りに復活して父なる神のもとに着座し、今も生きて私たちのためにとりなして下さいます。
《キリストは主が立てたメルキゼデクの位に等しい大祭司です(17-19)》
主は、あらかじめ詩篇110篇に「あなたは、メルキゼデクの例に倣い、とこしえに祭司である」宣言されました。その通り、キリストは、メルキゼデクの位に等しい、永遠の王であり永遠の祭司となられました。救いをもたらさない戒めは廃止され、律法の要請と預言は成就しました(マタイ5:17)。旧い律法にしがみついたイスラエルの民の末路は、救い主を拒んで十字架につける罪でした。しかしキリストは、彼らに対しても愛をあらわされました。罪と死を満身で受止めて死に、三日・・・目によみがえりました。復讐するためでなく赦して救うためにです。こうして善をもって悪に打ち勝ちました。すべての人は、この方を信じ従うだけで救われます。罪の一切を赦されて、神の永遠の祝福の内を歩む者とされます。キリストは信じた者の味方として、いつも守りとりなして下さり、決して見捨てることはありません。