2018年11月11日・・・子どもたちを来させなさい
しかし、イエスは言われた。「子どもたちを来させなさい。わたしのところに来るのを邪魔してはいけません。天の御国はこのような者たちのものなのです。」
マタイ19:14(13-15)
子どもの幸せのためにできる一番大切なことは、子どもをイエス様のもとに連れてくることだと教えています。改めて「子どもたちをわたしのもとに来させなさい」との主の命令を心に刻みましょう。
《子どもの祝福を願って主のもとに伴う(13a)》
人々が子どもたちをイエス様のもとに連れてきた。その目的は「手を置いて祈っていただくため」でした。子ども主の賜物、人々の喜びであり将来を担う宝です(詩127:3)。そして子どもの幸せのために主の祝福は不可欠です。そして聖書は、子どもに聖書を教え、主を信じ恐れる事を命じています(申命11:19,箴言1:7)。正しい歩みをし悪から守られるために、主を恐れる信仰と聖書を学び体得する事が必要なのです。そして礼拝はこれを伝えるための格好の場です。それは幼子だけではありません。まだ神を知らない人、神の祝福を知らない人を、主のもとに伴いましょう。主のもとにこそ平安と幸いがあるからです。
《子どもが主の祝福を妨げてはならないと主は叱られた(13b-14》
弟子たちは子どもを連れてきた人たちを叱りました(13b)。ユダヤ教教師たちが、イエス様を陥れようと攻撃する緊迫した状況だったからです。しかしイエス様は、止めようとする弟子たちを叱りました。主はどんな時どんな状況でも、子どもを御自身のもとに連れて来る事を願っておられます。一人も滅びないことを願い、主はいのちをかけて救おうと働いておられました。子どもは初め、礼拝の雰囲気に慣れず礼拝者の妨げになる事も多いでしょう。しかし時が来ると慣れます。私たちが真剣に礼拝をささげ、祝福されている事に気付く時が来ます。幼子だけでなく、主の救いを必要とするすべての人を、主は招いておられます。散らして主の邪魔をするのでなく、主と共に迎え入れ集める者となりましょう。
《天の御国は、幼子のような者たちに与えられている(15)》
イエス様は「天の御国はこのような者たちのもの」だと宣言し、伴われた子どもたちに手を置いて、祝福されました。キリストの福音は、幼子にもわかる単純な教えです。(1)聖書が告げるように自分の罪を認め、御子キリストが自分の罪の身代りに十字架で死なれたこと、三日・・・目に復活し今も生きて信じる者を救って下さることを信じ告白するだけです(ローマ10:9-10)。主はまた、「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることはできません」教えられました。子どもにならい、すなおに自分の足りなさを認めて、頼るのです。大人であっても、神の前には弱く足りない子どもです。主の前に、幼子のように素直になって主を信じ、頼り、自分を委ねましょう(ローマ10:13)。