2018年12月30日・・・天に届いたキリストの犠牲
キリストは、本物の模型にすぎない、人の手で造られた聖所に入られたのではなく、天そのものに入られたのです。そして今、私たちのために神の御前に現れてくださいます。ヘブル9:24(23-28)この箇所では、キリストの犠牲が天に携えられて、神と人をの結びつきをきよめる、と教えています。
《キリストは天の聖所をきよめました(23-24)》
聖所は、神と人が会って罪を赦され、神との関係を回復して、神との祝された交わりをいただく場所です。しかし民が繰り返してしまう罪や誤ちが、神との結びつきを損ね、聖所が汚れてしまいました。ですから、旧約時代、地上の聖所(幕屋や神殿)は、犠牲の血によって常にきよめられる必要がありました。地上の聖所は、天の聖所の模型であったので、神との関係の本当の回復はできませんでした。しかしキリストは、天にある本物の聖所に入って、そこをきよめられました。こうして天の聖所は、私たちを迎えるために常に開かれ、赦しと恵みを受けられる場所となったのです。ですから聖書はこう証しします。(ローマ8:1)「こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません」。《キリストは一度の犠牲で聖所をきよめ、罪を取り除いて下さいました(25-26)》
キリストの前には、祭司が動物の犠牲の血を携えて罪をきよめましたが、動物の犠牲は罪をなくせません。しかし罪のない御子キリストが、十字架ですべての人の赦しをもたらさす犠牲をささげました。過去・現在・未来の全人類の罪を赦す犠牲がキリストによって天の聖所に献げられました。こうして天の聖所は、人がどんな罪を犯しても赦しと祝福と神との交わりを常にもたらせるようになったのです。キリストはただ一度の犠牲で、永遠の罪の赦しときよめを成し遂げて下さいました。キリストのただ一度の犠牲があったので、信じる人はだれでも罪をすべて赦されるます。過去の罪も今の罪も未来の罪もすべてが赦されるのです。