2020年11月8日・・・若い日に創造者を覚えよ
あなたの若い日・・・に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。伝道者の書12:1聖書は、若い時に造り主である神を覚えよ、と命じます。どうしてでしょうか。
《若い時に主を知ることで、救われ、すくすくと成長できるから》
「三つ子のたましい百まで」とあるように、人は幼年期に人生の基本姿勢が形作られます。信ずべき方は、世界を造られ自分を造られた神であり、神と神のみことばに信頼するなら大丈夫!、ということを幼ない柔らかい心がうけとめると、それからの人生をまっすぐに歩むことができます。主を信じ敬うことを伝えることこそ、他の素養より遥かに有益です。パウロは弟子テモテは、幼い時から培われた信仰によって、彼は若い時から主に用いられました(2テモテ1:5)。年配になってからキリストを信じられた方々は、もっと早く信じていたらと感じます。しかし、主はこの事も益として下さいます。若い時に主を覚えて育つことの重要性を身をもって痛感したその経験を生かすことができます。こうして、自分の経験が将来を担う有益な器が成長するために用いられます(ローマ8:28)。《長く、そしてより豊かに主のために働くことができるから》
幼なくして主を覚えた人は、若くとも信仰とみことばの恵みに満たされて、長い間、主のために用いられます。主の有益な器、若い時から頭角をあらわし、すばらしい働きや著作を残しました。彼らの多くは、敬虔な両親や祖父母祈りのもとで誕生し、ことばを学ぶ前から恵みと信仰につつまれて成長し、幼ない時にキリストを信じ、主のために奉仕してきました。当教会でもそのように生まれ育てられた子どもたちがいます。牧師の資格として「信者になったばかりの人ではいけない」という項目がありますが、クリスチャン家庭で敬虔に育った人は、若くとも信仰経験が豊かです。但し、クリスチャン人生が長くとも短かくとも、主はその人生を尊く用いて下さいます。38年伏せってきた男(ヨハネ5章)、十字架でキリストを信じた犯罪者(ルカ23章)、隠れ信者でしたが十字架を見て信仰を公けにしキリストを葬ったアリマタヤのヨセフやニコデモも、晩年に豊かに用いられました。いつキリストを知り信じるかも、神の御計画の中で導かれた事であり、負い目を負う必要はありません。