2022年7月17日・・・主の重荷を共に負う恵み
あなたがたが他の諸教会より劣っている点は何でしょうか。この私が、あなたがたに負担をかけなかったことだけではありませんか。この不正のことは赦してください。2コリント12:13(11-18)
パウロは、主と教会のために重荷を負う特権に与らせなかったことを詫び、幸いな関係を回復して主にあって堅く結ばれることを切望していると告げます。
《第一に、彼が誇ったのは兄姉のために止むを得ずした事でした(11-12)》
パウロは「私は愚か者になってしまいました」と告白します。自分を誇ることは愚かだと教えてきたのに(10:12)、血筋、数々の労苦、天の啓示を受けた事などの自慢をしました。確かに迫害者としての過去、肉体の刺による弱さを負っていましたが、主の召しと奉仕の証しは、他の使徒に少しも劣っていませんでした。彼が誇ったのは、偽教師の偽りの中傷により損なわれていた兄姉の尊敬と信頼を、回復するためでした。止むを得ず、自分を誇った事は赦してほしい、とパウロは懇願しました。教会が霊的に混乱したり、緊急の状況に陥った時、牧師や役員が普段行使しない判断や指導をするかも知れません。やむを得ない事情でした事を後で伝えるので、その時は受け入れ協力してください。
《第二に、負担をかけなかった不正を赦してほしいと謝罪しました(13)》
応分の負担や奉仕を担う力があったのに、教会に起きた混乱のために、パウロは兄姉に負担させられませんでした。偽教師たちは、パウロが金目当てで奉仕している、またエルサレムへの支援献金を着服しようとしていると吹聴しました。非難を封じるために、パウロはコリント教会から支援や謝儀を受け取りませんでした(1コリント9:12)。また奉仕の賜物を競い合っていた混乱(1コリント11:7,13:1-3)を収めるため、奉仕の機会を制限したでしょう。教会はキリストのからだ、各自は各器官です(1コリント12:27)。主は、バプテスマによって教会の一員となること、献金によって教会の経済を支えること、集会や様々の活動のために祈り奉仕すること、成長してよりよく仕えるために学ぶことを命じておられます(1ペテロ2:5)。
《第三に、一番ほしいのは、あなたがた自身だと告げました(14-18)》
パウロは、教会が以前の反発や痛みを乗り超え、平安に自分を迎えられるよう立ち直るまで、コリント訪問を控えていました。テトスの働きを通してコリント教会は悔い改め、彼はこの幸いな報告をもってパウロの元に戻っていました(7:5-13)。回復し始めた教会がさらに完全に立ち直り、またエルサレム教会支援の働きに改めて参加できるために、パウロはテトスたち3人をコリントに派遣します(8:8-24)。こうして三度目の訪問が祝された時となるようにパウロは期待していました。彼は告げます「私が求めているのは、あなたがたが持っている物ではなく、あなたがた自身なのです」(24)。つまり、幸いな信頼と交わりを回復し、以前よりもさらに堅い主にある絆で結びつくことです。霊の親であるパウロが願っているのは、贈り物でなく、霊の子どもであるコリントの兄姉自身であり、親として彼は子どもたちのための犠牲を喜びとしていました。主は、どんな対立や心の傷も癒やし、隔てを取り除いて、私たちを結びつけてくださいます(ホセア6:1,エペソ2:14)。