2024年3月17日・・・みことばは朽ちない種
あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく朽ちない種からであり、生きた、いつまでも残る、神のことばによるのです。第一ペテロ1:23(22-25)
ペテロは、主が命じられた、互いに愛し合うこと、を1章の最後に熱心に伝えています。私たちの福音は「愛の実を結ぶ朽ちない種」であることを確信して歩みましょう。
《第一に、救われた者は互いに愛し合いなさい(:22)》
あなたがたは真理に従った、と使徒は告げます。真理とは、信頼する者を失望させない本当で正しいことです。主キリストは自身こそ道・真理・いのちだと宣言し実行されました(ヨハネ14:6)。キリストを救い主と信じる者は、罪から救われ、たましいが聖く(=主と一致する)されました。聖い神はすべてのものを愛し慈しみ犠牲を惜しみません。それに対して人は自分中心で自分に益するものしか愛せません。しかし救いによって満たされた神の愛に促されて、神が愛するものを純真に愛せるように変えられました。その上で主は私たちに、互いに熱く愛し合いなさい、と命じます(ヨハネ13:34)。
《第二に、私たちの救いは朽ちない種によるものです(23)》
主キリストは、人は新しく生まれなければ神の国を見ることはできないと宣言しました(ヨハネ3:3)。そしてキリストは、信じる者を新しく造られました(2コリント5:17)。いのちの犠牲によらなければ罪の赦しは得られませんが、人は死ねば死んだ切りです。しかし、キリストを信じてキリストのものとされた時、人は罪に死んで神に生きる者とされたのです。その事を信仰によって受け止めるのです(ローマ6:11)。朽ちる種は朽ちる実しか結べません。この世のものは、いのちも教えも、働きも、作り上げたものも、すべて衰え色褪せ朽ちてゆきます。しかし朽ちない種は、朽ちない実を結びます。
《第三に、私たちに伝えられた福音こそ朽ちない種です(24-25)》
朽ちない種とは何でしょうか?永遠に立つ神のみことばである福音です(参:イザヤ40:6-8)。神はみことばによって世界を創造し、いのちを与えました。しかし人は罪によって神との結びつきを破壊し、滅びるもの、朽ちるものになってしまったのです(ローマ5:12)。聖書が告げる通り、人はどのようにしても罪と死を克服できないことが、歴史によって証明され続けています。キリストは聖書の約束の通りに人となって私たちのところに来られました。聖書の預言の通りに、ご自分のいのちを犠牲にして罪の赦しを与えました。そして約束の通りに死者の中から復活し、自身が救い主であることを証明し、罪の赦しと尽きないいのちを自身を信じる者に与えて下さいました。福音の約束の通りに、全能の神ご自身のみわざが信じる者に実現し、完成するのです(イザヤ55:6-11)。主は告げました。「天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません」(マタイ24:35)。この真理を確信してみことばに自分を委ねる時、主の愛の内を歩むことができます。