2024年12月1日・・・主の再臨の約束
それは、聖なる預言者たちにより前もって語られたみことばと、あなたがたの使徒たちにより伝えられた、主であり救い主である方の命令を思い出させるためです。2ペテロ3:2(1-7)3章の冒頭で、ペテロが二つの手紙を書き送った目的を確認し、終りの困難な時代にあっても信仰の祝福の内を歩みましょう。
《この書の目的は、信仰を呼び覚ますため、主の命令を想起させることです(1-2)》
ペテロはこの二つの手紙によって願っていることを伝えます。それは、聖徒の主に対する純真な心を奮い立たせる事です。そのために、自身の為すべきことは「主の命令を思い出させること」だと証ししました。神の命令は幸いですが、それは人の力では、その初歩であるモーセの律法さえ守れません。神の命令は、神の恵みにより、信仰を通して為そうとする時に、初めて実行できるのです。ペテロは主のことばを受け、信じて踏み出す時、湖の上を歩きました。しかし主から目を離すとたちまち沈みました。信仰によって主のおことばをなさせてください、と願うことを思い出しましょう。私たちは、キリストを信じて救われ、主の命じるバプテスマにより教会に結びつき、献身を通して主の栄光を現わす者とされました。主のことばを絶えず思い起こすことが、信仰の守りと祝福の秘訣です。そして祝福の知識や経験よりも、主への純真な愛と信頼こそが大切です。
《主の命令は、救いが完成する再臨の約束を待ち望むことです(3-7)》
キリストは復活の後、天に帰られる時に、再び地上に来られ、さばきをなし、神の国を完成すると約束されました。その時、聖徒は朽ちないからだによみがえり、いつまでも主と共にいます。しかしそれを待ち望ませないため再臨を否定しあざける者が現われると主が十字架の前に告げ(マタイ24:5-7)、ペテロは確認します(3-4)。彼らは、神の約束がすぐに実現しないからと、神が告げたことを、否定します。その状況はノアの洪水の前と同じです(マタイ24:36-38)。その時は、いつかは判りませんが、人々が油断している時に(盗人が忍び込むように)突然来ます。前兆はあります。惑わし、偽キリストの現われ、民族対立、飢饉や地震、迫害、惑わし、不法、全世界に福音が伝えられることです(マタイ24:5-14)。しかし聖書が告げるように世界は滅ぼされ新しくされます(5-7)。過去の歴史における(ノアの洪水、世界やイスラエルやキリストに関する)預言の成就が、みことばの確かさを証明しています。将来についての聖書の預言も確かに成就します。
神は、苦難を通して人の罪を明示し、一人でも多くの人を救おうと待っています。約束されている救い主の支配は、再臨の後に実現します。最後のさばきによって、神はすべての罪をさばき、私たちの労苦に報いてくださいます。世界が滅んだ後に創造される新しい天と地は、エデンの園の祝福の完成の姿です。ここに創造の目標、救いの目標が完成します。私たちの最終の希望がここにあるのです。ですから、私たちは困難があっても、主のわざに励むのです。そして義の冠は、救い主を待ち望んでいた聖徒全員に与えられます。パウロは、主の現れを慕い求めている全員に義の冠が与えられると伝えています(2テモテ4:8)。