2025年1月5日・・・神が愛をもって選ばれた
あなたがたがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命しました。それは、あなたがたが行って実を結び、その実が残るようになるため、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものをすべて、父が与えてくださるようになるためです。ヨハネ15:16(12-17)
新年を迎えるにあたり、ヨハネ15:16を中心に、神様がどんなに私たちを恵みで満たしてくださるかを、共に確かめましょう。
《主キリストは、私たちを友として愛し、いのちを献げてくださいました(12-13)》
主キリストは十字架に向かう前に、最後の教えと祈りを弟子たちに示しました(14-17章)。そしてここで「主があなたがたを愛したように、あなたがたは互いに愛し合いなさい」と戒めを与えました。主は、自分の友のためにいのちを捨てるのが、最大の愛だと告げた。主は、親子や夫婦ではなく友への愛を挙げました。血のつながりがなくても、ただ愛と信頼で結びつき、喜んで犠牲を払い、相手のために尽くす愛だからです。キリストは主であるのに、私たちをご自分の友・兄弟として愛し、私たちのためにご自分のいのちを犠牲にし、復活後も、私たちのために愛をもって、いのちを与え、味方として尽力してくださいます。まさに、ご自分を与えられました(ヨハネ3:16)。
《主キリストは、私たちを友として、ご自身の真理をすべて知らせてくださいます(14-15)》
主は弟子たちに「あなたがたはわたしの友です」と宣言しました。彼らは、キリストを救い主、神、師、だと考えていたはずです。そのように主の友とされたのは、父祖アブラハムぐらいです(ヤコブ2:23)。主は、自身の命令を行うなら、と告げられた。主は「わたしを信じなさい、わたしのところに来なさい、わたしに従いなさい」と命じました(ヨハネ14:1,マタイ11:28,16:24)。そして今「互いに愛し合いなさい」と命じました。私たちも、主のもとに行き、主に信頼して従う時、救いをいただき、主のことばを守れるようにされ、友としていただきます。信仰の弱い者をも主は見捨てず、励ましてくださいます。
《主キリストは、私たちを選び、共に労して実を結ばせ、全て願うものを与えられるようにします(16-17)》
主は、弟子たちが信じ従って来たのは、彼ら自身ではなく、自身が選んだからだと告げました。主は、世界を創造する前から、私たちを選んでおられました(エペソ1:4-6)。すべてをご存知の主が、良しと計画されたのだから、救いをいただくのに遠慮する事はありません。主が選ばれたのは「行って実を結び、その実が残る」ためです。また、求めたものをすべて神から与えられるためです(参:マタイ7:7)。このことは、みこころを無視して求める罪を聖められて、主の喜ばれることを見分け、実行する自由が成熟する程に、この目的が完成していきます。そして主の愛を知り、愛を行う知恵と力が豊かにされる程に、愛が完成してゆきます。主の恵みは尽きることがありません。五千人の給食のように、与える程に満ちてゆきます。