2025年1月12日・・・約束の新天新地を待ち望む
しかし私たちは、神の約束にしたがって、義の宿る新しい天と新しい地を待ち望んでいます。2ペテロ3:13(12-15)
3章では、終りの時は困難な時代になることを神は前もって教えておられたから、困難があっても驚かないように、主のわざに励みなさい、もうすぐ主が来られて新しい世界をもたらされるから、と励ましています。今日・・・の箇所から、神様が約束された新しい世界を待ち望んで、日々を歩むすばらしさを確かめましょう。
《私たちの希望・最終目標は「新しい世界」です(12-13)》
時代の困難は救いの完成が近いしるしであり、完成が早くなるために、私たちは神のわざに励むのです。見える地上と見えない天国は、つながっています。キリストは失なわれた者が回復する喜びを示されました(ルカ15章)。私たちの奉仕や日・・・頃の証し、祈りの一つ一つが、救いの完成につながります。たとい人々が私たちの奉仕や心遣いを気に留めなくても、神はそれを覚えて用い、報いてくださいます。
その日・・・、地上のものは火に焼かれて消え去ります。聖書の言う「古い新しい」は、時間の前後よりも性質を表わします。地上のものは古いものです。価値を失ない朽ちてゆき、終りの時に、世界と共に消えてしまいます。私たちが待ち望むのは、神が約束されたこの新しい世界です。
《きよい者として神に会えるよう努力します(14)》
今、私たちは、何のために努力し労苦しているでしょうか。朽ちるもののために努力するのなら、朽ちないもののためには、なおのこと努力すべきです。聖書は、財産や働きや報酬について、多く記しています。美について、外面よりも、御前で価値のある、朽ちない「柔和で穏やかな霊」を飾りとします(1ペテロ3:3-4)。仕事や商売は、主に喜ばれるように誠実に労します(2テモテ2:6)。財産や宝は、地上でなく天に蓄えれば安心です(マタイ6:20)。救いによっていただく永遠のいのちこそ一番の宝です(マタイ14:44)。救いをあきらめたり、救われたことだけで満足してしまう、怠惰にならないように、救いと救いの結実をめざしましょう。
《「主の忍耐は救い」です(15)》
忍耐とは、我慢するだけでなく、希望を持って取り組み続け、完成するまであきらめないことです。主キリストは、弱く愚かで罪の内を歩んでいた私たちをも見捨てずに、十字架の救いを成し遂げてくださいました。パウロは証ししました。主に逆らい教会を迫害していた自分を見捨てずに、救ってくださった、と。罪人の頭の自分のためにも、主キリストが死んでくださったこと、また、罪深い頑なな者をも救ってくださることの証拠として、自分を用いてくださることを感謝しています(1テモテ1:13-16)。主は、救うための忍耐だけでなく、信じた者の歩みを守り導くためにも忍耐し、私たちを守り完成させてくださいます(ピリピ3:12)。パウロは、耐えられない試練にあわせないこと、失望させられないこと、すべてを益としてくださることを、自らも経験する中で証ししています(1コリント10:13,ローマ10:11,ローマ8:28)。私たちも忍耐して、成長と完成をめざすのです。