2025年2月2日・・・初めからおられたみ子キリスト
初めからあったもの、私たちが聞いたもの、自分の目で見たもの、じっと見つめ、自分の手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて。1ヨハネ1:1(1-4)
今日からヨハネの手紙第一を見てゆきましょう。冒頭の部分は、記者である使徒ヨハネがこの手紙でキリストがどんなお方であるか、またこの手紙を何のために書き送ったかを伝えています。
《キリストは初めから神であり、人となって来られたいのちのことば(1)》
この方は、世界が創造される前から存在しておられる神です(ヨハネ17:5)。主であり神であるこの方が、私たちを救うために人となって私たちの所に来られました。聖なる神であるのに、私たちがその声を聞き、目で見つめ、さわることが許されるために人として来られました。この方は「いのちのことば」、人と直接関わることばである神です(ヨハネ1:1-5)。また世界を創造し(コロサイ1:16-17)、いのちを持って与え、共に生きてくださるお方なのです。またこのいのちは、闇の中に輝いて人を照らす光です(ヨハネ1:4-5)。罪の闇とその結果である死の闇に勝利し、その勝利を私たちに与えて下さいます。
《ヨハネは、永遠のいのちである救い主を証人として伝える(:2-3a)》
この方は「永遠のいのちの道」です(ヨハネ14:6)。私たちの罪を負って死なれ、復活して、救いの道を切り開かれました。信じる者はこの道を通って罪を赦され神と共に生きるのです。またこの方は生ける真理です。モーセの律法は義の道を教えますが守らせる力はなく、律法ではいのちを得られません。しかしキリストは生きて働いて、私たちを正しい道に歩ませてくださいます。キリストは創造者でありいのちそのものです。罪に打ち勝つ永遠のいのちをもっておられます。ご自身を与えて、私たちをいのちで満たします。またキリストは共に歩んで見捨てず、私たちのために神にとりなし、自身にふさわしい聖く傷のない者に完成してくださるのです。キリストは十字架により私たちの罪と咎を取り除き、自身のきよいいのちを注ぐことで罪をきよめ、神に受け入れられる者とします。復活は、罪と死に勝利した救い主であること、また実際に生きて、私たちを生かし、守り導かれることの証明です。
《それは私たちを父と御子との交わりに与らせ、共に喜ぶため(3b-4)》
キリストは、弟子たちの中から12人を、傍に置いて自身の証人として遣わすために選ばれました(マルコ3:14-15)。彼らが聖霊と共にキリストを証しし、彼らの証しを聞いて信じた人々も、同じようにキリストを証しして、キリストの教えが広がっていったのです(使徒1:8)。キリストによって、神との交わりが与えられました。信じた時、罪によって損なわれていた神との結びつきが回復し、神と共に生き歩むようにされます(エペソ1:5,ヨハネ1:12)。またキリストにより主にある兄姉の交わりが与えられます。それは、キリストの愛の犠牲に与ってキリストの宝とされた者同士の交わりです。愛と尊敬によって交われなかった時は、悔い改めて平安をいただき相手のために祈るところから始めましょう。キリストを求め愛に満たされて成長することで愛の勝利をいただけます。愛の交わりの証しによって、世は教会に注目し、主は人々を送って下さいます(使徒2:46-47)。聖書の証ししているキリストをさらに深く知って、この方の恵みによって強くされてゆきましょう。