2025年3月2日・・・神を知る、神の命令を守る
もし私たちが神の命令を守っているなら、それによって、自分が神を知っていることが分かります。1ヨハネ2:3(3-6)
偽教師たちは、自分たちの方が神について「優れた知識を持っている」と主張し教会を混乱させていました。使徒ヨハネはここで、神を知っていることをどのようにして証明できるのかを私たちに伝えています。
《神を知っているかの試金石は、神の命令を守っているかどうか(3-4)》
神を知るとは、知識を蓄えることではなく、神と結びついて神がどんなお方かを体験して知っていることです。神を知っていることは、「神の命令を守っている」ことによって判別、確信できるのです(3)。また、神を知っているとは、罪を赦され新しく造られて、神に受け入れられ神と共に歩んでいる、つまりキリストの救いを受けていることです。その人は、神に結びつけられ、神に導かれ、その結果神の命令を行なっているのです(5:3)。その状態は、救われる前では有り得なかったことです。救われていても聖徒は未完成です。しかし失敗しながら学び訓練されて、神のことばを行えるように変えられてゆき、神が与えた変化を通して、当人も周囲も、その人が救われて神と共に歩んでいることを、確信していくのです。
《神のことばを守っている人は、神の愛が全うされ神の内にいる(5)》
では、どうして私たちは、神のことばを守れるようになるのでしょうか。キリストを信じた人の内には「神の愛が全うされている」、つまり、創造の前から私たちを愛していた神の愛を私たちが知って受け入れ、私たちも神を愛する者となって、神の愛が成就したのです。キリストは、十字架によって私たちの罪を赦して神に受け入れられる者としました。復活のいのちを与えて、神と共に歩めるようにしました。キリストによる神の自分への絶大な愛を知り、自分も神を愛するように変えられたのです。福音書が証ししているように、人はキリストに触れると生き方が変えられました。キリストは復活の後、約束の聖霊を送り、この奇跡を、信じるすべての人に、いつでもどこでも誰にでももたらしています。パウロはこの奇跡を、自分はキリストと共に十字架につけられ罪に死に、キリストが自分の内に生きていることだと証ししています(ガラテヤ2:19-20)。
《神の内に留まっている人は、キリストのように歩むはず(6)》
キリストを信じて「神のうちにとどまっている」人は、キリストが約束されたように、キリストによって多くの実を結び、その実が残るはずです(ヨハネ15:5,16)。私たちはキリストを超えることはできませんが、キリストは私たちをご自身に相応しい者に成長させてくださいます。パウロは、クリスチャンの完成について「それを得るようにと、キリスト・イエスが私を捕らえてくださった」と告げています(ピリピ3:12)。クリスチャン(キリスト者)とは「キリストに心酔しキリストと共にある者、まるでキリストのようになっている者」という意味で、周囲の人がそう呼んだのです(使徒11:26)。私たちのすべきことは、主の呼びかけに応えて、主に信頼し自分を任せて従うだけです。主は必ず私たちをご自身にふさわしい者に造り変え、完成してくださいます(5:3)。