2025年3月9日・・・古くて新しい兄弟愛の命令
私は、それを新しい命令として、もう一度あなたがたに書いているのです。それはイエスにおいて真理であり、あなたがたにおいても真理です。闇が消え去り、まことの光がすでに輝いているからです。1ヨハネ2:8(7-11)
旧約時代から命じられている愛の命令がキリストによって新しい幸いな命令として与えられていることを、共に確かめましょう。
《旧約時代からの愛の命令を、キリストは新しい命令として与えました(7-8a)》
人類が罪を犯した後、神はご自身を証しさせ救い主を送るためにイスラエル民族を選び、彼らが神に受け入れられる指針として戒めを与えました。それを集約すると「全力で主を愛しなさい、隣人を自分自身のように愛しなさい」です(マタイ22:37-39)。しかし、これらの戒めは、罪に支配された全人類にとって、神が求められるように守る事は絶対不可能でした(2歴代6:36)。キリストは、愛の命令を、新しい命令として命じました(ヨハネ13:34,1ヨハネ2:8a)。キリストは、十字架の犠牲と復活のいのちにより、罪による神と人との隔てを取り去り、信じる者を罪の支配から解放するゆえに、愛の命令を新しい命令として与えたのです。キリストを信じる結果、神の愛を受け入れ、神の愛に満され、神の愛が自分の内に成就します。そして満たされた神の愛によって隣人を愛することができるのです。
《キリストに照らされて、愛の命令は希望をもたらす真理となりました(8b-9)》
キリストの真理の光に照らされることで、愛の命令は、キリストにおいてもキリストを信じる者においても「真理」(=信頼する者を決して失望させないもの)となりました。キリストは弱く不真実な私たちを愛して十字架で私たちのために死に、ご自身を与えました。しかし私たちを愛することで、失望させられることがありませんでした(ヘブル12:2)。この朽ちない愛を受けた者は、神を愛することにおいて失望させられることがありません。さらに、キリストにとって自分がどれほど大切な存在かを知って、自分や自分の人生を大切にします。またキリストが愛しておられる私たちの隣人をもキリストを大切にするように大切にし、キリストが失望しないように失望しません。しかし頭だけの知識だけで、信じ受け入れていなかったら、愛を実感し実行することは不可能です。偽教師とその教えに従う者がそうでした。
《兄弟を愛している者は、神の光の中で健全な信仰に歩んでいます(10-11)》
この愛の命令を救いにより真理として実践しているかどうかが、信仰を全うするか、信仰が挫折するかを左右します。キリストは、ぶどうの木の譬えを通して、自身に留まるように教えました(ヨハネ15:1-5)。兄弟を愛している人は真理の光に留まり、信仰を全うし実を残します。そのためにキリストは私たちを選び、弟子としてくださいました(ヨハネ15:16)。神を知っていると言いながら、キリストを与えた自分への神の愛を知らなかったら、その人は闇の中を歩んでおり、神の前の自分の方向や状態が判っていませんし、その状態を隠そうとしてしまいます。福音の光は今も輝いていますから、救い主である主を呼び求めましょう。求める者はだれでも与えられ、見出し、救いの扉を開かれます。信じて救われていてもキリストが見えなくされることがあります。主を呼び求めて、光の内に戻していただきましょう。