2025年12月21日・・・罪から救ってくださるキリスト
マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです。」マタイ1:21(18-25)
イエス・キリストの誕生は、世界の人々にとって記念してお祝いすべき重大であり喜ばしい出来事です。その意味を共に確かめましょう。
《イエス・キリストは神が遣わされた救い主です(20)》
キリストの誕生は、人類が罪に陥った時から、予告されてきました。聖書の冒頭で、悪魔のしわざを打ち壊す「女の子孫」として誕生すると約束されました(創世記3:15)。イスラエルの父祖、アブラハム・ヤコブ・イサクの子孫として、イスラエルの王となったダビデ王の子孫として、そして預言の通りにベツレヘムで誕生します(ミカ5:2)。預言の通りに、未婚の女性が身ごもって誕生します(18,23,イザヤ7:14)。この方は「神の子と呼ばれ」(ルカ1:35,イザヤ9:6)、つまり「事実神の御子だ」とを人々が知るのです。これらの預言を成就して、キリストは、神が人となって私たちのために来られたのです。父なる神は、この方のバプテスマの時や、山上の変貌の時に「わたしの愛する子」と宣言されました(マタイ3:17,17:15)。
《キリストは、御自分の民を罪から救うために来られました(21)》
罪(=的外れ)とは、本来の在り方から外れた、堕ちてしまった状態や行いです。人類の先祖が神に逆らい、神との約束を破った結果、神との愛と信頼の関係を破壊してしまいました。罪から来る報酬は死(=断絶、助けようのない苦しい絶望の状態)です。生まれた子の名は「イエス」(=主は救い)、そして称号は「キリスト」(=油を注がれた者、神が立てた世界の王)です。キリストは、私たちを罪から救うために来られました。人となって共に歩み、(見えない)真の神がどんなお方であるかを身をもって現わし、預言された奇蹟や権威ある教えをもって自身が救い主・神の御子であることを示されました。罪のない神であるのに、預言の通りに十字架にかかって死なれました。それは、全ての罪人の身代りに苦しみ罰を受けて、赦しを与えるためです(イザヤ53:6)。神は、御子を信じる者の罪を、キリストの身代りの故に赦されます。キリストは約束の通りに、十字架の三日・・・目に死から復活し、この方が本当に神の子・救い主、永遠のいのちであることを証明し、自身を信じる者に与えられました(ヨハネ14:6)。
《私たちも、この方によって救われるべき「神の民」です(21他)》
「全ての人が罪を犯した」(ローマ5:12)とあるように、全ての人が神の前に罪人です。しかし自分の罪を神の前に認め、この方を信じるなら、だれでも罪を赦され、永遠のいのちをいただきます(ヨハネ3:16)。キリストが十字架にかかられた時、左右に二人の犯罪人が十字架にかけられました。十字架の上で「父よ、彼らをお赦しください」とキリストが祈られた時、一人は群集と共に主をののしりました。しかしもう一人は、自分の罪を認め、キリストに「御国に入れられるときには、わたしを思い出してください」と祈りました。キリストは「あなたは今日・・・、わたしとともにパラダイスにいます」と約束されたのです(ルカ23:40-43)。キリストは、私たちを罪から救うために、人となって、天国から私たちのところに来て下さった神の御子です。この方を信じてこそ、本当のクリマスをお祝いすることができます。