2018年2月4日・・・怒りを受けるべき者にもたらされた恵み
しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、----あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです。----エペソ2:4-5(1-7)
1章では神が世界を創造する前から、ご自身のすべての祝福で私たちを祝して下さった事を告げました。この救いがどんなにすばらしいかを聖霊を通して知る事ができるようにと祈り、教会こそ、救いの祝福をもたらすキリストが満ちておられる所である事を教えました。この箇所では、キリストを信じて救われる前、人がどんな状態であったか、神がどんなにあわれんで下さったかを思い起こさせます。
《すべての人は、罪に死に欲望に囚われ、神の怒りを受けるべき者でした(1-3)》
「あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって」(1)と聖書は告げます(ロマ5:12)。すべての人は、真の神を知らず、応答できず、「死んだ者」でした。神に逆う霊に従って歩み、欲望の中に生きていました。みな同じように、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした(ローマ3:9-18)。救われた者も良いところがあったから救われたのではありません。ダビデも「ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました」(詩篇51:5)と告白しています。
《神は、私たちをあわれみ愛し、キリストと共に生かして下さいました(4-6)》
主は、御怒りを受けるべき私たちを、あわれみ、大きな愛で愛して下さいました(4)。あわれみとは、本来の祝された状態に戻したいという熱情、愛とは相手の(幸せの)ため惜しみなく犠牲を払うこと、恵みとは受けるに値しない者に与えることです。神と断絶し、帰る事ができず、滅びるしかなかった罪人の私たちを、神はキリストと共に生かして下さいました。十字架の死と復活によって、罪の代価を支払って(罪の罰から解放)、キリストと共に死に(罪の支配から解放)、キリストと共に生かす(神と結びつき、永遠に生きる)救いを下さいました。こうして信じる者を、キリストと共に罪に死に神と共に生きる者へと生まれ変わらせ、キリストと共に天の位に就けて下さった、と聖書は告げます。
《この偉大な救いは、後の世で真価ををあらわします(7)》
キリストの救いは今でも十分すばらしいですが、それは天の祝福のほんの入口です。やがて天で明らかにされる栄光は、さらにすばらしいのです。この世では、悪による繁栄を謳歌しながら地上の生涯を全うする事もあります。また主に誠実に従う者が不当な苦しみのまま地上の生涯を終える事もあります(詩73:4,12,ヘブ11:37-38)。しかし、主は終わりの時に、労苦に報いて栄誉を下さいます(ヘブ11:39-40、黙22:12)。パウロは絶筆でこう書き遺しています。「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日・・・には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです」(2テモ4:7-8)。